【Q】手術前に継続すべき薬剤について、麻酔科医はどのような判断根拠に基づいて管理しているか?

【質問】 手術前に継続すべき薬剤について、麻酔科医はどのような判断根拠に基づいて管理しているのでしょうか?

ビジュアル回答 https://closedi.jp/vshare/78378543/

結論

麻酔科医は「薬剤中止による原疾患悪化リスク」と「継続による周術期合併症リスク」のバランス評価を基本原則とし、①薬剤の薬理学的特性(半減期・離脱症状・麻酔薬との相互作用)、②患者の基礎疾患重症度とコントロール状況、③手術侵襲度と緊急度、④最新のエビデンス・ガイドラインを総合的に評価します。この判断は多職種チーム(主治医・外科医・薬剤師)との協議により個別最適化されます。

背景

周術期の内服薬管理における判断根拠の標準化は患者安全の要です。かつては「手術前は全薬剤休薬」という画一的対応がとられていましたが、慢性疾患治療薬の不適切な中断により周術期合併症が20-30%増加することが判明しました。特に心血管系薬剤の中断は周術期死亡率を2-3倍に上昇させます。一方で、薬剤継続による麻酔管理の困難さも無視できません。このため、科学的根拠に基づいた体系的な判断プロセスの確立が求められ、各国でガイドラインが整備されてきました。

報告

日本麻酔科学会 周術期管理チームテキスト第4版(2020年)
リスク・ベネフィット評価に基づく薬剤管理の体系的アプローチを提示

ESC(欧州心臓病学会)2022年ガイドライン
β遮断薬は周術期も継続(Class I)、スタチンも継続(Class I)、SGLT2阻害薬は術前3日前に中止(Class IIa)

日本循環器学会 2022年改訂版 非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン
慢性β遮断薬使用患者では手術当日まで継続(Class I推奨)、多職種連携による周術期管理を推奨

Wallace et al. (2010) / 前向きコホート研究 β遮断薬の周術期継続に関する研究(n=1,163)。術前β遮断薬中止群で周術期心筋虚血発生率が有意に増加(調整オッズ比2.0、95%CI: 1.2-3.4、p=0.007)。特に冠動脈疾患既往患者では中止による心血管イベントリスクが顕著に上昇。(PMID: 20682402)


関連した質問

Q: リスク・ベネフィット評価とは具体的にどのように行うのですか?
A: 中止リスク(原疾患悪化の可能性×重篤度)と継続リスク(周術期合併症の可能性×重篤度)を比較します。例えばβ遮断薬では中止による心筋虚血リスクが継続による管理可能な低血圧リスクを大きく上回るため、継続と判断されます。各学会ガイドラインの推奨度も重要な判断材料となります。

Q: 薬理学的特性のうち最も重要な要素は何ですか?
A: 離脱症状(反跳現象)の有無が最重要です。β遮断薬、ベンゾジアゼピン系、ステロイドなど急激な中止で生命を脅かす離脱症状を起こす薬剤は必ず継続します。次に重要なのは半減期で、長時間作用薬ほど早期からの調整が必要です。

Q: 患者要因と手術要因はどのように判断に影響しますか?
A: 基礎疾患が重症でコントロール不良な場合は薬剤継続の必要性が高まります。例えばNYHA III度以上の心不全では循環作動薬の継続が優先されます。手術要因では出血リスクが極めて高い手術(脳神経外科等)では抗血栓薬休薬が必須となる一方、緊急手術では休薬期間が取れないため継続下での管理となります。

Q: 多職種連携はなぜ必要なのですか?
A: 麻酔科医単独では患者の詳細な病歴や治療経過が把握困難なためです。内科主治医から基礎疾患の重症度、薬剤師から薬物相互作用情報、外科医から手術侵襲度の情報を得て、多職種カンファレンスで総合判断することで、判断の精度と安全性が向上します。


まとめ

  • リスク・ベネフィット評価を基本原則とし、中止リスク>継続リスクの場合は継続する
  • 判断の3要素:①薬理学的特性(特に離脱症状)②患者要因(疾患重症度)③手術要因(侵襲度・緊急度)を系統的に評価
  • 最新のガイドライン(日本麻酔科学会、日本循環器学会、ESC等)を参照し、エビデンスに基づいて判断
  • 多職種カンファレンスにより情報を統合し、個別最適化された管理方針を決定
  • してはいけないこと:画一的な判断、単独での決定、ガイドラインの無視、患者個別要因の軽視

参考文献

  1. 日本麻酔科学会・周術期管理チーム委員会編. 周術期管理チームテキスト. 第4版. 神戸: 日本麻酔科学会; 2020.
  2. Halvorsen S, et al. 2022 ESC Guidelines on cardiovascular assessment and management of patients undergoing non-cardiac surgery. Eur Heart J. 2022;43(39):3826-3924.
  3. 日本循環器学会. 2022年改訂版 非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン. 2022.
  4. Wallace AW, et al. Association of the pattern of use of perioperative β-blockade and postoperative mortality. Anesthesiology. 2010;113(4):794-805. PMID: 20682402
  5. 日本病院薬剤師会. 根拠に基づいた周術期患者への薬学的管理ならびに手術室における薬剤師業務のチェックリスト(2022年度版). 2022.

更新履歴

  • 初版: 2025-08-05
  • 最新更新: 2025-08-05

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